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鹿児島地方裁判所 昭和29年(ヨ)151号 決定

申請人 株式会社鹿児島銀行

被申請人 鹿児島銀行従業員組合

主文

申請人が金三十万円の保証を立てることを条件として次の仮処分を命ずる。

被申請人は、自ら又は所属組合員若しくは第三者をして、現に申請人に使用されている常勤職員(非組合員で臨時に雇傭されている者を除く)が別紙目録記載建物及び右建物内営業部各室に立入り又は、その業務を執行することを妨害し又はこれを妨害させてはならない。

申請人の委任した鹿児島地方裁判所執行吏は、本命令の趣旨を公示するため適当な方法を採らなければならない。

申請の趣旨

一、被申請人は、自ら又は所属組合員若しくは第三者をして、

(イ)  別紙目録記載建物とその敷地及び右建物内営業室への出入口並びにその周辺で通路を閉塞し、その通行を妨害し又は妨害させてはならない。

(ロ)  申請人の業務を妨害し又は妨害させてはならない。

二、申請人の委任した鹿児島地方裁判所執行吏は、前項の趣旨を表示するため、現場において、公示札その他適当の方法を採らなければならない。

理由

当裁判所が、当事者双方審尋の結果及び疎明資料によつて認めた事実関係並びにこれに基づいてした判断は、次のとおりである。

一、当事者の態様

1.申請人株式会社鹿児島銀行(以下単に銀行という。)は、鹿児島市に本店を、鹿児島県、宮崎県下に六十一支店、東京都に一事務所を有し、授権資本三億二千万円、株主八千余名、預金者約二十五万名、預金総高百十五億円貸付金百四億円を有する鹿児島県下唯一の地方銀行として経営されている普通銀行であつて、本店営業部の従業員総数は百六十三名(内非組合員九名)で右本店の現業事務の一切は営業部において担当している。

2.該申請人鹿児島銀行従業員組合(以下単に組合という。)は申請人銀行の従業員(部長、課長、課長心得、支店長等を除く)をもつて組織された同銀行唯一の労働組合であつて、総組合員数千五十七名(非組合員数九十九名)本店内に組合本部を置き、鹿児島、大隅、南薩、西薩、北薩、宮崎の六支部を設け執行委員長一名、副執行委員長二名、書記長一名、執行委員四名をもつて組合業務を執行し、全国銀行従業員組合連合会の加盟組合である。

二、団体交渉の経過

組合は昭和二十九年七月三十日に銀行に対し、現行月一万六千余円の定例給与につき、給与体系組替を含み平均給与を月一万九千円に引上げ方を要求し、銀行はこの要求に対し、現下の銀行経理状況並びに経済情勢等に鑑みるとともに、大蔵省の指示する銀行経理基準等を検討した結果給与ベース改訂の時期に非ずとの立場をとり給与体系の補正は認めるも改訂は認めずと主張し、八月二十四日頃から、屡々両当事者間において団体交渉を重ねたが妥協点を見出し得ず、八月二十八日銀行は組合に対し、九月に支給すべき臨時給与等も勘案のうえ現行給与の補正として一人平均一カ月金八百九十円の賃金引上案を提示し更に団体交渉を反覆継続したが組合はこれを受諾せず遂に八月三十日に至り組合は銀行に対し争議通告を発し、八月三十一日以降争議状態に入る旨を宣し、同日から争議状態が発生するに至つた。

三、争議行為の状況

争議状態発生後の争議行為の状況は次のとおりである。

1  九月二日正午から午後一時まで、右銀行本部(非現業部門)全組合員の一斉職場放棄によるストライキ。

2  九月三日正午から午後一時まで、本部及び本店営業部全組合員の一斉職場放棄によるストライキ。

3  九月四日正午から午後一時まで、本部及び本店営業部全組合員の一斉職場放棄によるストライキ。

右三次にわたる争議行為はいずれもランチタイムと称し、通常右各職場においては、取引先顧客の来店に備え、窓口業務に支障を来さない限度において、各職員交替に昼食を執り、絶えず一定限度の人員は窓口を確保するよう就業規則によつて定められているものであるが、一斉に職場放棄をしたため、銀行は、これに際しては非組合員たる職員をして現業担当たる営業部の窓口業務に当らしめてその業務の遂行を図つたものである。

4  九月六日正午から午後一時まで、本部、本店営業部及び鹿児島市所在各支店の全組合員の一斉職場放棄によるストライキ。

右ストライキに際し、組合は、営業部事務室の通路たる出入口二箇所及び客溜窓口に組合員約四十名位を動員し、全員鉢巻のうえピケットラインを設け、非組合員中営業部所属職員(営業部長以下七名)の入室を認めた外、他の非組合員たる職員二十四名が、銀行頭取の業務命令に基づき、営業部の担当する窓口業務(預金の引出し、預入れ、為替の取組及び貸付事務等)の遂行を図るため、営業部通路たる出入口から入室しようとするや、組合員はスクラムを組んでその入室を阻止したため、その殆どが入室を阻まれ、辛うじてその間隙を縫うて入室した経理課長真方実外三名が各所定の位置において業務を執ろうとしたところ、組合は執行委員長外数名により同人等に対して執拗に退去方を求め、その際平原営業部長から右四名に対し、所定の業務を執行するよう命令したが右退去要求のためいずれも退去を余儀なくされ結局同人等の業務執行も不能となつた。

5  九月七日午前八時四十分から午前十時まで銀行本部所属全組合員のストライキ。

6  九月七日正午から午後一時まで本店営業部全組合員の一斉職場放棄によるストライキ。

前示4と同様営業部出入口に対するピケットラインを設けて、非組合員の入室を阻止したため、銀行は両日午後零時四十五分頃常務取締役川添武章外重役四名及び非組合員たる人事課長奥寛外二十名をして、業務部事務室に入室させて、前示営業部業務の遂行を図るため入室させようとしたが、ピケットラインにいた組合員のスクラムによりこれを阻まれ、川添常務から三回にわたり、「非組合員の入室阻止を中止しなければ業務が遂行し得ない」旨大声をもつて伝えたが組合はこれを中止せず、依然入室を阻んだため遂に立入不能となり業務遂行不能となつた、そこで銀行は同日組合に対し、ピケットによる入室阻止は銀行の正当な業務の遂行を妨害するものであるから中止するよう書面をもつて申入れたが組合はこれを拒否した。

7  九月八日午前八時四十分から午前十時まで、本部及び本店営業部全組合員の一斉ストライキ。

この際も組合は前示同様ピケットラインを設けて入室阻止行為に出たため、銀行は、非組合員を二組に分ち、一は前示川添常務指揮のもとに非組合員十余名が営業部玄関側入口から、業務命令による執務遂行のため入室する旨を明らかにして、入室しようとしたが右ピケットラインの組合員はスクラムを組んでこれを阻止し互いに押合となり約十分間もみ合い状態を続けたが入室不能となり他の一組は、上田常務取締役指揮のもとに非組合員十余名が同様業務遂行のため営業部金庫側入口から入室しようとしたが、これ亦ピケットラインにいた組合員のためスクラムをもつて阻止されて入室不能となり、いずれも業務命令に基づく営業部事務の遂行は不能に帰した。なおこの際は、特に銀行代表取締役勝田信からピケット構成の組合員に対し、業務遂行上最少限度の人員の配置であるから非組合員の入室を阻止せぬよう申入れを行つたがこれを拒否されるに至つたものである。

以上のとおりであつて銀行は、右争議行為中組合のなしたピケッティングにより、同盟罷業中の営業部の業務を経営者たる取締役又は非組合員たる職員をして代替して執行させようとしたが数次にわたりこれを阻害され、その業務の遂行を妨害されたものである。

四、ピケッティングが正当な争議行為か否かの判断

申請人は右ピケッティングによる、非組合員の業務の遂行妨害は正当な争議行の限界を逸脱した不当のものであるから許されないと主張する。

案ずるに、同盟罷業は、労働組合が、労働者の団結の威力を発揮して行う争議権の行使であつて、労働者の集団的労務提供の拒否により使用者の業務の正常な運営を阻害するものであることは、これに伴う必然的帰結であつて、これにより通常生ずべき損害は使用者側においてもこれを受忍せねばならぬことは論をまたないところであるとともに、使用者は労働者の同盟罷業に対抗する手段として、自らの有する権限を行使し自己の事業経営の維持存立を図るため適当な方法を採り得るものであることもまた勿論であり、同盟罷業により空虚に帰した職場に対し、適宜非組合員を配置して業務の遂行を期しもつて争議によつて蒙むることあるべき業務の阻害乃至損害の発生を最少限度に回避しようとすることも当然許容されるべき行為であつて、それが使用者の権利の濫用にわたらざる限り、労働者は言論等による平和的説得によるならば格別自らの実力を行使してまでこれを阻止し得るものでないことは同盟罷業の本質並びに労使対等を基調とする労働関係の法理に照らして明らかである。

しかして、労働組合が自己の争議権行使の効果を確保するとゝもに自らの団結を維持強固ならしめるため罷業に際していわゆるピケッティングを行い、組合員の争議からの脱落及びスト破りを防止することもまた正当な争議行為の手段として是認さるべきことは論ずるまでもないところではあるが、かかる手段にも自ら限界があるものというべく、使用者の行う正当な権利行使についてまでピケッティングによる阻止妨害をなし、その権利を侵害するときは既に正当な争議行為の限界を逸脱した違法の行為といわなければならない。

そこでこれを本件についてみるに、組合のピケッティングによる非組合員の営業部への入室阻止の状況は前示説明のとおりであつて銀行が自己の権限に基づき、非組合員たる重役及びその他の職員をして罷業によつて空虚となつた営業部の前示事務の執行を命じたことは何等組合の争議権行使を妨げる違法の行為ではなく、争議に対抗する手段として当然許容さるべき正当な行為であるにかかわらず組合は平和的説得等の方法によらずピケッティングによる多数の威力を行使してスクラムを組みその入室を拒否しているものでありかかる行為は到底正当な争議行為の手段と認めることはできないのであつて銀行は自己の所有権に基づき当然右業務妨害行為の排除を訴求し得るものと解すべきである。

五、仮処分の必要性について

以上説明のとおり銀行がその適法な業務の執行を妨げられていることが明らかであり、銀行業務が多数の取引関係を有し、一般公衆の経済活動と密接な関連性を持ち、その公共性、社会性もまた極めて高度であることは顕著な事実である。ところで申請人銀行が組合によつて妨害された本店営業部は通常百六十三名の職員をもつて業務が運営執行され、銀行業務の第一線ともいうべき窓口事務の全般を包括しているものであつて、一般取引関係者と最も密接な交渉を有する部分でありこれが業務の遂行を図ることは銀行の最緊急事ともいうべきものであるから、組合の前示ピケッテンィグによる妨害行為が反覆累行されるにおいては、将来においても最少限度の業務の遂行すら期し得ないこととなり銀行業務の公共性に鑑み、ひいては一般公衆の取引活動にまで多大の影響を及ぼしまさに償うことのできない損害を発生させる危険性すら内包しているのであつて、組合の争議行為は今後なお継続することの予想される現況からみて、申請人は右業務妨害を排除するため本件仮処分によつて保全を求める緊急の必要性を有するものといわなければならない。

以上の次第であるから申請人の本件申請を主文表示の限度で許容することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 森田直記 小出吉次 滝田薫)

(別紙目録省略)

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